金剛峯寺

金剛峯寺は、元はお大師様の弟子・真然大徳の住まいがあったところで1131年10月17日に覺鑁上人(かくばんしょうにん)が鳥羽上皇の許を得て大伝法院(だいでんぽういん)を建立され、その後、豊臣秀吉公が亡き母の菩提を弔うために木食応其上人(もくじきおうごしょうにん)に命じて建立させた寺院で、その名を青厳寺と呼び応其上人の住いとなりました。その後、再三の火災によって焼失しましたが、現在の本殿は1863年に再建されました。1869年3月に青厳寺と興山寺の2ヶ寺が統合され、さらに全国の真言宗寺院を総括する管長職が置かれました。現在は、奥の院祖廟を信仰の中心として結成された、高野山真言宗三千余寺、信徒約1千万人の総本山として、高野山真言宗管長兼金剛峯寺座主の住いとなっています。

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