野原の最初墓・阿陀の大墓

“昔、お大師様が大和の一郡毎に七墓所を加持されたといわれています。これらの墓は害獣の被害の心配が無く、わなを仕掛ける必要もありませんでした。野原の墓地はそれらの最初の墓だといわれ、七墓の随一と伝えられています。その傍らの草庵は最初墓山回向院禅洞寺と名付けられ、その跡は今も最初墓と言われています。
また一番最後に総加持をされたのが大野原で、これは「阿陀の大墓」と言われている。南阿田町の中央の南の大丘陵の中にあり、藤原良継の大塚山の墓もその上にあります。”

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  • 奈良県五條市野原町